Category: 神社

  • 100 “Koshinto” Monuments

    Yesterday I visited a very wonderful shrine. There are 100 stone monuments lined up along the approach. I was moved when I saw the stone monuments lined up in a row. All of the stone monuments are called “Koshinto”.

    See the photo above. 100 Koshinto monuments are lined up in a row. It’s spectacular!

  • 令和6年3月12日 船橋駅前蕎麦屋 車や

    朝から雨が降った。

    お昼を少し回ったころ、船橋駅前にある蕎麦屋で天麩羅そばを食べた。

    店構えは普通の蕎麦屋、という言い方もおかしいが、店の人がテーブルまで注文を取りに来る蕎麦屋のようだが、入り口を入るとすぐに、券売機が置かれていて、駅の中にあるスタイルの蕎麦屋であった。

    天麩羅そばのボタンを押してスイカで払おうとしたら、スイカは使えないので、仕方なくカバンの中から財布を取り出して、代金の500円を機械に入れた。

    機械から出てきた券を握りしめて、店の一番奥にあるカンターに持って行った。

    カウンターには小柄な女性がいた。

    出来上がったそばを持ってテーブルに戻って食べ始めた。

    お客が混んできた。

    カウンターのほうから、「あたたかい、つめたい」と客に話す先ほどの女性の声が聞こえた。

    そばを食べ終わり、外へ出た。雨はまだ降っていた。

    近くの京成船橋駅から快速に乗り、京成八幡駅に向かった。

    駅に着くと、歩いて数分の場所に、葛飾八幡宮があった。

  • 令和6年3月6日 田中正造生家と人丸神社をたづぬ

    午後、佐野の小中に行った。

    田中正造生家を訪ねた。生家が保存され、資料館になっている。

    戸が閉まっており不審に思った。入り口わきに案内板があり、土日を含む週んで四日ほど開館しているようだ。きょうはたまたま休みの日であった。

    近くに、人丸神社があるので、参拝した。

    通りから北のほうに300メートルほど入ったところに鎮座していた。

    湧き水の池に囲まれた清明さと厳かさが感じられる神社であった。

    神社の裏は唐沢山が近くに見えた。

  • 令和6年3月4日 「言葉ありき」と「言挙げせず」

    わたしは言葉の捉え方が、キリスト教徒と神道を信仰するわたしたち日本人とではどう違うか、考えを巡らせてみた。

    キリスト教の聖書には冒頭部分に有名なフレーズがある。

    はじめに言葉ありき。

    「世界は言葉でできている」というような意味かとずっと思っていた。

    少し調べたらどうも違うらしい。

    「根源的原理は、世界を構成する論理としてのイエス・キリスト」というのが正しい訳のようである。

    世界の根源はキリストの論理世界なのである。

    その論理を伝えるために言葉があるのだ、というニュアンスをわたしは感じた。

    言葉はツールなのだ。そんな印象を持つ。

    一方、わが日本はどうか。

    「言挙げせず」という言葉がある。

    敢えて言葉として言わない、という意味だ。

    言葉は神聖なものである。言葉には神が宿っている。だから軽々しく言葉を発しない。

    「言霊(ことだま)」という言葉もある。

    それも同じ意味なのだと思う。

    キリスト教文化では、言葉はツールである。

    一方、我が国では言葉は神聖なものである。

    もちろんこんな単純ではない。

    でもこういう角度から世界のできごとや歴史をみると、見えてくるものがある。