Sの家の近くに不思議な古本屋がある。
通り沿いにある、築50年は経っていようかという古い木造建築の一軒家で、店の広さは六坪ほどだろうか。小さな古本屋だ。
年配の夫婦が経営している。店先に出て客の相手をするのは奥さんである。旦那さんは店の奥にいて、何か作業している。
客の応対は奥さんがするが、それはSのような店にとって軽い客の場合で、恐らく大事な客はご主人も出てきてふたりで対応するのであろう。
店の書棚に並んでいるのは人文系である。ざっと見たところ、文学や思想の方面が多い。
もともとは神保町で古書店を営んでいたが、歳をとったので神保町の店は畳んで千葉のほうへ来たというのを、Sは奥さんから聞いたことがある。
本の品ぞろえがSの趣味なので、Sはこの古書店を気に入っている。しかし、なかなか店に行けないのだ。営業日が不定期だからだ。
ある日曜日、近所の用事を済ませたSの妻が「あの古本屋、開いているわよ」とSに言った。
Sは早速行きたかったが、昼食を取るところであり、食事が済んだらすぐに行こうと思った。
食事を急いで済ませた。家を出て古本屋に行くまでのあいだ、道を歩きながらSはきょう買いたい本のことを考えた。日本文学の本を何冊か買おう、できれば近代文学がいいかなと思った。
店の近くまで来ると、シャッターが閉まっている。妻が開いているというのを聞いてから1時間も経っていない。
店の老夫婦は恐らく、閉めっぱなしでは店の中が黴臭くなるので、空気の入れ替えに来たのだろう。
次に店が開いているときは、きっと行きたいものだとSは思った。
