旅行の二日目、鬼怒川温泉から更に北に向かってクルマを走らせた。
会津へ行く鉄道の駅がクルマから見えた。
鶏頂山に行く坂道を登った。もみじラインと呼ばれている道だ。
登っていくにつれて、木々の葉が色づいてきた。
山頂に着くころには紅葉が満開であった。
坂道の
登りカーブ
曲がるごと
織りなす錦
鶏頂の山
雲動く
鶏頂の山
登り行き
錦の世界
果ては尽きず

旅行の二日目、鬼怒川温泉から更に北に向かってクルマを走らせた。
会津へ行く鉄道の駅がクルマから見えた。
鶏頂山に行く坂道を登った。もみじラインと呼ばれている道だ。
登っていくにつれて、木々の葉が色づいてきた。
山頂に着くころには紅葉が満開であった。
坂道の
登りカーブ
曲がるごと
織りなす錦
鶏頂の山
雲動く
鶏頂の山
登り行き
錦の世界
果ては尽きず

栃木市は関東平野の北の端だ。ここまでは平らな地面が南からずっと続いていた。ここからは山がある。
クルマで東北道を北上すると、ここ栃木市あたりで景色が一変する。
車幅の広い高速道の両側に緑いっぱいの山が現れ、東北地方に向かっていることを実感させる。
秋風に
誘われクルマ
走らせる
緑の山が
迎えてくれた
西方(にしかた)城は戦国時代の山城だ。
標高200メートルほどの山を活かして、城の縄張りが工夫されている。
西方城のあった山をふもとから眺めた。
戦国の
つはものたちが
命かけ
守る砦よ
西方の城
西方の
城跡残る
青き山
秋の日浴びて
領地見守る
矛とりて
まもれこの地を
いくさびと
秋風そよぐ
西方の里

11月に入ろうとしているのに、鬼怒川の木々は緑のままであった。今年の紅葉は、例年より1週間ほど遅いという。
Sは、国道121号を鬼怒川温泉に向かってクルマを運転していた。国道のすぐ左側には、東武鉄道日光線が並走している。
クルマを飛ばしていると、日光線に青色の客車が走っているのが見えた。特急列車も通勤電車も、機関車が客車を引くという時代は終わってもう長い年月がたつので、Sは客車というものを見たことがない。
客車の前方を見ると、黒い鉄の塊が見える。SLが客車を引いていた。動くSLを見たのは、これもまた初めてである。
SLは思った以上にゆっくり走っていた。煙突から煙を吐き、蒸気を吹き出し、せわしく車輪を動かしているので、高速で動いているようだが、実際は30キロくらいのスピードである。
Sのクルマはすぐに客車の後ろに追いつき、そのまま客車と並走した。何秒か客車の横を走っていると、先頭で客車を引いているSLと並んだ。
SのクルマはSLを追い越した。精一杯の力を出している鉄の塊は、だんだん後ろへ去っていった。
SLを
追い越すクルマ
運転す
スピードだけが
大事じゃない

鬼怒川から鶏頂山を越えて那須塩原へ通じるルートが紅葉ラインだ。
宿泊したホテルのあたりは紅葉が始まったばかりだが、鶏頂山の山頂に近づくにつれて木々が色づき始めてきた。
日光いろは坂のような急カーブをいくつも曲がり、頂上に着くと、山一面が紅葉の盛りであった。
頂上付近には、スキー場がいくつもあった。雪の季節ではないので、営業はしていない。スキー場の広いゲレンデを見るのは35年ぶりくらいだ。
ゲレンデは緩やかな傾斜をつくりながら奥に向かって扇のように広がっている。地面は青々した草で覆われていてた。
山に登るゴンドラを営業しているスキー場があった。ゴンドラに乗りながら鶏頂山の一面の紅葉を愛でようというのだろうか。
ロッジは、巨大な西洋館のようだ。ロッジの前は広い駐車場だ。満車であった。

鬼怒川温泉に来ている。
ホテルの部屋は6階である。窓から下を見ると鬼怒川渓谷だ。深緑の水がじっと動かずにある。そばには白色の大きな岩がいくつも不規則にどっしりと置かれている。
目を上げれば渓谷から山が垂直に盛り上がる。山にある木々はまだ緑色だ。今年は夏が暑く、紅葉の時期が遅い。ちらほらと色ずいている葉がある。あと1週間もすれば紅葉が満開となるだろう。
ホテルの玄関を出たところに、鬼怒川渓谷に掛けられた長いつり橋があった。どれくらいの長さかうまく見当がつかないので、スマホで調べたら140メートルだ。
渓谷の向こう側に吊り橋を渡り行ってみた。向こうに着くと、橋のたもとに石造りの神様が祀ってあった。神様かと思ったら楯鬼という鬼であった。楯となって鬼怒川を守る鬼だという。
ホテルの部屋に戻り、スマホで鬼怒川渓谷のことを調べた。ここは鬼怒川の名称「楯岩」ということを知った。
まさしく、巨大な岩が縦に聳えている。
渓谷を見やると、観光客を乗せた船が渓流を下って行った。
船頭の
櫓の音響く
渓流を
人満載の
船下り行く
龍王峡
渓谷流れる
水の音
谷底におり
肌に染み入る