Category: 鉄道

  • 令和6年2月16日 帽子が風に飛ばさて線路に落ちた

    明け方から冷たい強い風が吹いた。

    朝9時くらいになると、風は少し弱まった。

    ちょっと迷ったが、茂呂神社に参拝することにした。

    冷たい風が吹く中出かけて行って、風邪をひいては仕方がない。

    風は吹いているが、2月半ばの日差しは暖かだった。

    茂呂神社は式内社に比定されている。

    どんな神社なのかその興味が、でかける後押しをした。

    船橋で京成線に乗り換えて、競馬場前駅で降りた。

    風は出てきたより強まった。

    ホームにいたら、帽子を吹き飛ばされた。

    落ちた帽子は風に乗ってホームから線路に吸い込まれていった。

    駅員を呼びにいった。

    その間に帽子がさらに風に飛ばされて遠くに行っていまうんではないかと心配した。

    駅員とふたりでホームにかけよって線路を見たら、もとの場所にあった。

    駅員はマジックハンドで線路の脇にちょこんと置かれている帽子をつかみ、俺の手元へ寄せた。

    せーの!という掛け声を駅員が言った。

    それを合図にマジックハンドを緩めた。

    帽子は無事に俺の手元に帰ってきた。

    帽子をかぶり、駅を出て茂呂神社に向かった。

  • 令和五年10月31日 蒸気機関車

    令和五年10月31日 蒸気機関車

    11月に入ろうとしているのに、鬼怒川の木々は緑のままであった。今年の紅葉は、例年より1週間ほど遅いという。

    Sは、国道121号を鬼怒川温泉に向かってクルマを運転していた。国道のすぐ左側には、東武鉄道日光線が並走している。

    クルマを飛ばしていると、日光線に青色の客車が走っているのが見えた。特急列車も通勤電車も、機関車が客車を引くという時代は終わってもう長い年月がたつので、Sは客車というものを見たことがない。

    客車の前方を見ると、黒い鉄の塊が見える。SLが客車を引いていた。動くSLを見たのは、これもまた初めてである。

    SLは思った以上にゆっくり走っていた。煙突から煙を吐き、蒸気を吹き出し、せわしく車輪を動かしているので、高速で動いているようだが、実際は30キロくらいのスピードである。

    Sのクルマはすぐに客車の後ろに追いつき、そのまま客車と並走した。何秒か客車の横を走っていると、先頭で客車を引いているSLと並んだ。

    SのクルマはSLを追い越した。精一杯の力を出している鉄の塊は、だんだん後ろへ去っていった。

    SLを
    追い越すクルマ
    運転す
    スピードだけが
    大事じゃない


  • 令和五年10月26日 大回り乗車 蘇我

    令和五年10月26日 大回り乗車 蘇我

    夕食をとったあと、ソファでコーヒーを飲みながらJR東日本の路線図を眺めていたSは、蘇我駅を活用した大回り乗車を思いついた。

    Sが住んでいる船橋から総武線快速で千葉駅へ。内房線に乗り換えて蘇我駅へ行く。ここで京葉線に乗り換え南船橋まで行き、最後は武蔵野線で西船橋駅へ到着するというルートだ。

    所要時間はざっと見積もったところ、どれも通勤路線であるので日中でもそれなりに本数はあるだろうから、2時間もかからないであろう。

    そう考えたSは次の日、早速この大回り乗車を実行することにした。

    翌日、気持ちのよい秋晴れの日であった。午前11時ごろ船橋駅を出発した。車窓は、晴れ渡った青空をバックに、住宅やビルが休みなく後ろへと流れていく。Sは見ているだけで気分爽快であった。

    Sが乗った車両はE217-38であった。

    津田沼を過ぎて千葉へ近づくと、前方の景色が見たくなり、先頭車両の一番前、運転手のすぐ後ろに移動した。

    千葉駅は総武線快速と各駅、外房線、内房線の乗り換え駅で、10番線まである千葉県の巨大ターミナル駅だ。

    駅に入る前、線路はカーブを描きながらいくつもに分岐し、横方向に広がっていくさまは壮観である。

    千葉駅ではNewDaysで飲み物を買った。NewDaysはJRが運営するコンビニだ。Sは、運賃が安いのだか。できるだけJRが運営する店舗でお金を使ってあがようと出発する前に決めたのである。

    ここで内房線に乗り換えた。待ち合わせ時間は15分ほどだった。乗った車両はE235-1023である。車内は真新しい感じが漂っている。

    海側の車窓には、海岸にある工場群の高い煙突が数本そびえたっているのが見える。

    間近に見たら、直径が何メートルもある巨大な煙突なのだろうが、はるか遠くから眺める煙突は、机の上に立てた鉛筆のようで、直立しているのが心細い。  

    蘇我駅まで乗った。ここで京葉線に乗り換えた。待ち合わせ時間は5分ほどと、とても接続がいい。

    船橋駅を出るときは、蘇我駅で乗り換えは時間があくだろうから、駅の中を研究できると思っていたが、あてが外れた。

    京葉線の車両はE233-5009だ。これまでは東に向かって進んできたが、ここ蘇我駅で折り返し、西に向かって進む。

    海側を見ると、さきほど内房線から見えた工場群がより間近に見えた。

    さらに進むと、倉庫が立ち並ぶ。京葉線沿線はこのあたりから都内まで、業種を問わず企業の物流施設が延々と連なる。

    南船橋で降りた。ここで武蔵野線に乗り換える。武蔵野線は日中は本数が少ないので、待ち時間に駅構内にあるBecksコーヒーショップで一休みしようと電車に乗っているときから思っていたが、Becksは閉店していた。

    BecksもJR関連の企業が運営している。Sは、安い運賃で乗らせてもらっているかわりに、ほかのものでJRグループの売り上げをあげようやろうと思ったのだ。

    看板はまだ掛けられていたから、時期がくれば再開するのかもしれないが、閉店してから大分時間がたっているような雰囲気であった。

    武蔵野線の電車に乗り込んだ。車両はE231-24である。最終目的地の西船橋駅はここからひと駅だ。

    西船橋駅を出発した電車は、工場、倉庫、事務所ビルなどを下に見ながら、大きく右にカーブを描いて走る。

    ほどなくして西船橋駅に着いた。改札を出て、西船橋駅の駅ビルにあるてんやで遅めのランチを取り、きょうの大回り乗車を終えた。

  • 令和五年10月23日

    令和五年10月23日

    Sは朝早く、電車とバスを乗り継いで、自宅から幕張メッセで開かれているCEATECの会場に行った。

    秋晴れで気持ちのいい日だ。車窓から見る景色は、太陽の光で輝いているようだ。

    幕張メッセに着いて、CEATEC会場の案内図を見ると、5つのホールを使って開かれている。

    5ホールを使うイベントといえばかなり大規模だが、かつては1から11ホールまで、幕張メッセ全館を使って開かれていたこともあったはずだ。

    もう、いまから20年近く前だろうか。Sはその全盛時代のCEATECを見に来たこともあった。

    「随分と規模が小さくなったなものだ」と思ったが、「会場が巨大でないので、歩き回らなくても済みそうだ」とも安心した。

    会場をぐるりと見渡した。するとJR東日本のブースが目に入った。

    Sは近頃、鉄道が趣味となっている。

    「JRが一体どんな展示をしているのだろう」と俄然興味が湧いたSは、JR東日本ブースのほうへ歩き出した。

    JR東日本はこじんまりとしたブースで出展していた。ブース内では7つくらいのサービスが展示されいた。

    全部を見ていたのでは時間が足りなくなるので、Sはそのうちからいくつか気になったサービスの説明パネルを読んだ。

    Virtual AKIBA World

    駅カルテ

    鉄道車両VR

    空飛ぶクルマVRコンテンツ

    この日Sは、JR東日本が展開しているこの4つの新サービスを知った。

    説明パネルを読んで分からないところを、そばに立っている説明員に質問した。ブース内でアテンドしている説明員は、みな30代と見えた。どの人も丁寧に説明してくれた。

    Sは「今の鉄道会社はなかなか面白いことをやっているものだ」と感心した。

    この会場でSは「空飛ぶクルマ」というのを知った。

    JR東日本のブースをでて少し歩くと、NEDOのブースで空飛ぶクルマに関する展示があるのに気付いた。さっそくNEDOブースへと足を踏み入れた。

  • 令和五年10月21日

    令和五年10月21日

    彼が幕張メッセへ行くのは4年ぶりだろうか。

    千葉県が誇る国際コンベンションセンターである幕張メッセ。1989年に開業した。

    いまは国内各地に本格的コンベンションセンターがあるが、幕張メッセの開業した当時は、国内には本格的コンベンションセンターはなく、幕張メッセが唯一の国際的コンベンションセンターであった。

    その後、東京ビッグサイトが開業し、稼働率が低下したことがあったが、近年は音楽やゲーム関連のイベントが多数開かれ、再び存在感を増してきている。

    彼の家から幕張メッセへ電車で行くには、3つルートがある。

    ひとつは、JR総武線各駅で幕張本郷駅へ行き、そこから京成バスに乗る。

    ふたつめは京成線で京成津田沼駅乗り換え、幕張本郷まで行く。そして京成バスに乗る。

    3つ目はJR総武線各駅で西船橋駅に行きJR武蔵野線に乗り換え南船橋駅へ。そこからJR京葉線に乗って海浜幕張駅まで。そこからは歩いて幕張メッセに行ける。

    きょうは京成線を使ってみようと、彼は思った。久しぶりに京成津田沼駅に行ってみたかったからである。

    京成津田沼駅は、成田方面へ向かう京成本線、千葉やちはら台へ向かう京成千葉線・千原線、そして新京成線が乗り換えられる、京成電鉄の千葉におけるターミナル駅だ。

    駅は便利なように改築しているところが多いが、基本的には古い施設がそのままであり、ホームは特に趣がある。

    彼は近年、俄かに鉄道への関心が高まった。世にいう「てっちゃん」である。

    彼は小さい頃から鉄道に興味があった。小学校にあがる前は、近所を走る鉄道を父親と見にいった。いや、親が連れて行ってくれたというべきであろう。

    多くの男の子たちは、小さい頃は鉄道が好きである。でも、成長するにしたがって、鉄道は単に移動のための道具とみなしていく。

    しかし彼は鉄道への関心は途切れることなく、小学校の高学年になると、鉄道模型が好きになった。クラスの中のH君も鉄道模型が好きだった。ふたりでよく鉄道模型を見せ合った。

    H君はとても器用だった。厚紙を使って、東武鉄道の特急きぬ号の模型を自分で作った。

    きぬ号のボンネットや運転席付近の複雑な構造も見事に拵えてあり、彼は見せてもらって、H君の技量に驚き、尊敬の念を抱いた。小学校5年生のときである。

    中学に入ると鉄道への関心は薄くなり、鉄道趣味とは疎遠になった。

    それから40年ほどがたち、再び鉄道趣味が再燃した。

    幕張メッセではCEATECが開催中であった。

  • 令和五年10月14日

    令和五年10月14日

    近所の公民館で、文化祭が開催されている。あしたはオヤジバンドのリハがあり行けないので、きょうの午前、行ってきた。

    文化祭ではいろいろなプログラムが行われているが、目当ては地元歴史のパネル展示だ。地元の小学校の展示が半分くらいあった。開校150周年だという。明治六年の開校だから、全国的にもかなり早い。展示会場で説明していた年配のかたによれば、船橋では船橋小学校の次にできたのではないかとのことだ。

    人車鉄道というのを、ご存じだろうか。道路に線路を敷いて、小さな客車や貨車を人夫が押して運ぶ鉄道である。会場にかなり精巧な模型が展示されていた。

    葛飾柴又帝釈天近くにある寅さん博物館のようなところには、人車鉄道の実物大の車両模型が展示されているとのことだ。

    それから、年配の男性は、いろいろと興味深い地元歴史の話をしてくれた。

    地名の話は興味が尽きない。ここは「法典」という地域で「ほうでん」と発音する。一方で「法田」という表記が通用している。こちらは「ほうだ」と発音する。

    それでおれは、この表記の揺れについて、その年配性と雑談した。年配の方がいうには、もとは「法伝」と書いて「ほうでん」と言っていた。しかも本当は「ほうてん」と濁らずに発音するのが正しい。

    かねがね「法典」まつわる地名表記の揺れには関心を持っていたが、きょうその男性と話をしていて、疑問が氷解した思いがした。

    「法伝」=仏法を伝える。これならば分かりやすい。そして「法典」となり「法田」と揺れてきた。地名に思いをはせるのは楽しい。