令和五年11月19日 陰陽師展

わたしは京成佐倉駅近くのガストで昼食を済ますと、国立歴史民俗博物館へと歩き始めた。

店の前には、2車線の成田街道が通っている。途切れることなくクルマが通行していた。

店を出ると、小雨が降り出した。成田街道を渡り、セレモニーホールの脇の小道を入った。わたしはいつも、この近道を通るのである。

小道を入ると、クルマは走ってない。通り沿いには、藁ぶき屋根の大きな民家が残っていた。

佐倉城のお濠にかけてある橋を渡る。お濠には大きな鯉が何匹も泳いでいた。

老夫婦が小雨のなか、傘もささずに、お互い何かを話しながら、橋の上から鯉に餌を与えていた。

佐倉城は明治になると廃城となり、帝国陸軍の佐倉聯隊が展開した。

歴博は聯隊の兵舎があった場所に建設された。

長い坂道を登り、歴博の入り口に着いた。

中に入ると、不必要に広いロビーは相変わらずガランとしていて、職員が数人いるだけで、ひとけがあまりない。

荷物を置きに、ロッカールームへ入って驚いた。

3分の2くらいのロッカーが使用中なのだ。

わたしはこれまで30回くらい来ているが、こんなことは始めてだ。

陰陽師展の会場である地下の企画展示室に入るとさらに驚いた。

展示品が見られないほどのたくさんの人が会場にいた。

若いひとたちが多い。

宗教か
科学でもない
陰陽道
そは確実に
存在してる