東武線を乗り継いで船橋から栃木県まで行く。
いまはお昼の12時半。
天気は曇り。気温 8°c。風はない。
日が差していないので寒い。
東武アーバンパーク ラインの柏行き各駅停車60000系車両に乗った。
車内は空いている。座席は1/4も埋まっていない。
新鎌ヶ谷駅に着いた。新京成線、北総線成田スカイアクセス線が乗り入れる拠点 駅である。
駅周辺 はまだまだこれからも 発展するであろう。
むつみ駅に着いた。かつては ここを 発着とする電車が運行していた。
今はその運行がなくなり、不要となったホームを取り外す工事を最近終えたばかりである。
黒いダウンジャケットを着た3人の女子高生が乗ってきた。下はジャージを履いている。
席に着くとすぐに、3人ともスマホを熱心に いじり始めた。
高柳駅に着いた。 東武アーバンパーク ラインは 急行が走るようになった。 この 高柳駅は急行の停車駅である
逆井駅に着いた 車内の座席はほぼ 埋まった。
新柏駅に着いた 次は終点柏である
東武アーバンパーク ラインは船橋から大宮まで走っている。
基本的には 船橋から柏の区間と柏から大宮までの区間の2系統で運行されている 1日に数本船橋から大宮までの直行の急行が運転されている
柏駅に着いた jr常磐線との乗り換え駅である
柏駅で大宮行きの電車を待った。
ホームに入ってきたのは、オレンジと灰色のツートンカラーで塗装された8000系車両であった。
東武鉄道の博物館に動態存されていた60年前の車両だ。
かつては この塗装で彩られた車両が各地の東武線を走っていた。
令和5年の秋から東武アーバンパーク ラインでの運行が始まった。
車内はできるだけ 60年前のデザインを残している。シートや手すりは60年前のものではないだろうが 車内全体に レトロ感が漂う。
大宮行きの急行である。柏駅を出ると次の停車駅 流山おおたかの森駅に着いた。
つくばエクスプレス 銭湯の 乗り換え駅である。駅前には巨大ショッピングモールが建設された。大型マンションも立ち並んでいる街全体が新しい 若い 活気がみなぎっている。
次の停車駅は運河 だ 。
車窓の両側には住宅が立ち並ぶ。 新しい家も多い。
運河駅を出るとすぐに 駅名の由来にもなった 運河を渡る 明治時代 、フランス人技師の指導のもと、流山から利根川までを 掘削して巨大な運河が掘られた 海運全盛時代の遺構である。
運河のすぐ近くには東京理科大学のキャンパスがある。
梅郷駅に着いた。
車内は空いてきた 座席は半分ほど開いている
窓の外を見ると、薄日がさしてきた
右手に大きな観覧車が見えた まもなく 野田市駅である キッコーマンの巨大な工場が右手に広がる。
野田はキッコーマン の企業 城下町である
野田市駅は ホームが高架となった ホームが増設された。
退避線も増設された。駅舎や ホームはほぼ出来上がったが、まだ工事は完了していない。
新たな ホームの共用もまだだ。
東武アーバンパークライン においての新たな拠点 駅として整備されている。
愛宕駅に着いた。この駅も新しくなった。
清水公園駅に着いたホームのすぐそば から 公園が広がっている新しい住宅も立ち始めている56年前までは駅の周り一面は雑草が生い茂る 原野であった。
まもなく 七光台駅である このあたりは 単線区間である
七光台駅に着き 停車していると 柏行き電車がホームに入ってきた
七光台駅で車掌が交換した新しい車掌は車内アナウンスの声が小さい。 何を言っているのか聞き取れない。
男子高校生の3人組が乗車してきた。冬休みの雰囲気を醸し出した。
令和5年もあと10日あまりで終わる。
江戸川を渡った。
川幅は大きく趣のある川である
南桜井駅に着いた。線路に平行して走っている道を、学校の授業を終えた小学生たちが集団下校していた。
次の停車駅は富士の牛島駅である みやびな名前だ。
線路際に枝々に実がたくさんついた、古い大きな柿の木があった。
春日部駅に着く 手前で東武伊勢崎線を超えた
春日部駅に着いた 東武伊勢崎線の駅行きに乗り換えた駅を出て すぐ 右手に大きな車両基地があった
東武動物公園に着く手前、
窓から見える家々は古かった。
車内は空いていた。
モーター音はほとんど聞こえない。 車内は静かだった。
線路のつなぎ目を通過する音だけが車内に響いた
ロングレール が主流となった今、この音を聞くのは久しぶりだった。
和戸駅を出るとまた 車内は静かになった。
東北新幹線の巨大なコンクリートの高架が見えてきた まもなく 久喜駅である。接続している
久喜駅で 館林行きに乗り換えた
車内の座席はほぼ 埋まっていた。ドアのすぐ横に立った
電車は 左手に大きくカーブしながらJR 宇都宮線を超えた
電車は各駅に停まりながら 館林に向かった。
左右には田んぼが広がった 見える大きな構造物は 送電線だけだ 北関東 ならではの果てしない平野の風景が広がる。
一番前の車両に乗ったので線路はまっすぐに伸びるが、よくわかった。
目の前に座っている年配の男性が、新聞の朝刊を広げて読んでいた。
加須駅を出てようやく座れた。外は日差しがなくなった。車内の暖房は弱い。 少し寒い。
右を見ても左を見ても 田んぼだ。どの方向を見ても山は見えない。 どこまでも 平野だ。
利根川の長い鉄橋を渡った。
田んぼの中にセンター ラインのない細い道路が格子状に作られている。 そこを小さな白い車が何台も走っている。
川俣駅に着いた。今は改札口もない 方面に大きなショッピングモールができるようだ地盤工事を行っていた。 ショッピングモールと 新たに作る 改札口をつなぐ 長い高架歩道橋が建設中だ。
館林駅で佐野線の葛生行きに乗り換えた。 佐野線の車両は 2両編成だ。 ワンマンカーである。
数年前までは 3両編成が1日に何本か走っていた 。今は全て 2両編成である。
佐野線の発車ベル は 竹内まりやの曲であった。 車内に座っていると 外から マリアの発車ベル がかすかに聞こえてきた。
黄色い帽子をかぶって ランドセルに黄色いカバーをつけた小さな小学生が、住宅と倉庫の間の道を歩いていた。
渡良瀬駅を過ぎたところにカルピスの工場に隣接して
東武鉄道 の解体工場があった。
解体待ちの多くの車両が並んでいた。
窓ガラスが外され 解体がかなり進んだ車両が1台あった。
工場を過ぎると 渡良瀬川の長い鉄橋を渡った。
佐野駅が近づいた。 急に山が近くなった。
関東平野がここで終わる。関東平野の北の果てである。
佐野駅のホームにゆっくりと入った。 ホームには高校生はたくさんいた。 ローカル線は依然として高校生の足である。
佐野駅を出て電車は右へ大きくカーブした。
目的の駅に着いた。
無人駅である。
発車のブザーがホームに鳴り響いた。
電車が北へ走り去った。
私たちだけがホームに残った。
電車の走る音が聞こえなくなった。
静かだ。
空気の音が聞こえてくるようだ。
