Sにとって自衛隊は、子どもころから30年間ほど身近な存在ではなかった。
結婚して千葉県の船橋に住むことになると、自宅の上空を自衛隊の航空機が頻繁に飛ぶのを、はじめは不思議そうに眺めていた。
あるとき地図を広げてみると、船橋周辺には自衛隊の施設が多く、そのことを意外に思った。
陸上自衛隊の駐屯地があり、演習場まである。自衛隊の演習場といえば富士山麓しか知識のないSは、自宅近くに演習場があることに驚き、関心を持った。
海上自衛隊の航空基地もあった。海が専門の海上自衛隊に航空基地があることが、軍事に疎いSにとってまるで理解できなかった。
調べてみると、対潜哨戒機の乗員を教育・訓練する施設であることを知った。
隣の習志野市や市川市、松戸市にまで目を広げると、数えきれないくらいの自衛隊施設と敗戦までの陸軍、海軍施設跡があり、信じられない思いだった。
ある年の初夏のころ、最寄りの海上自衛隊航空基地が一般開放することを知った。
Sは参加してみることにした。当日は、東武野田線の小さな駅から、基地へ向かうバスが特別に運行された。
バスに乗っている間は、車窓を見ていた。商店や民家を通り過ぎてしばらくすると、有刺鉄線が上端に付けられたフェンスが長々と張られ、背の高い草が一面に茂っている光景を見た。
そしてその草の先には、広大な滑走路が横たわり、ところどころに設置してある、飛行のための何かの施設小屋が、とても美術的な建築に思えた。
これがSの基地初体験である。
令和5年10月、海上自衛隊の航空基地が一般公開され、Sはまた参加した。
