Category: 地名

  • 令和五年10月19日 木下街道

    令和五年10月19日 木下街道

    最近、芭蕉が書いた「おくの細道」「笈の小文」を読んでいる。

    旅に病んで
    夢は枯野を
    かけめぐる

    芭蕉、辞世の句。大坂で詠んだ。

    芭蕉は旅に生きた。

    旅に出て
    旅に苦しみ
    旅に病む
    旅を住処に
    生涯閉じる

    芭蕉のような生涯を送るのも幸せかもしれない。

    まだ俺には、その覚悟ができていない。

    地元の地名について、さらに書く。

    地元に、木下街道という通りがある。「木下」で「キノシタ」ではなく「キオロシ」と読む。

    浦安から市川、船橋、鎌ヶ谷を北へ向かって走り、利根川につきあたる。そこが「木下(キオロシ)」という町である。

    江戸時代、木下では利根川の上流から運んできた材木を陸揚げしたのかもしれない。「木を船から下ろす」でキオロシ。

    このように考えているのであるが、如何であろうか。

    地名とは、地域に慣れ親しんだ、住民の財産である。
    文化や歴史と密接に関わっている。

    どこかでこんなことを読んだ。まことにそのとおりである。

  • 令和五年10月18日

    令和五年10月18日

    地名の由来は興味が尽きない。

    住んでいる近くに「北方」という地名がある。
    「ボッケ」と読む。
    中央競馬会の中山競馬場のあたりを指す地名だ。
    競馬場入口のすぐそばにある交差点は「北方十字路」(ぼっけじゅうじろ)という。
    しかし数年前、行政が北方を「キタカタ」と呼ぶことに変えてしまった。
    いまは「きたかたじゅうじろ」と呼んでいる。

    読み方を変えたのは、知らない人は「ボッケ」と読めないからという理由に違いない。

    あるいは「ボッケ」という発音が聞き苦しい、という理由もあったような気がする。

    長い間伝わってきた歴史ある言い方を、そのような理由で簡単に変えてしまうのは宜しくない。

    わたしは長い間、なぜ「ボッケ」なのか、疑問であった。
    先日、地元の年配の人に質問した。その答が意外すぎた。

    その方はこう言った。

    「アイヌ語の崖という意味です」

    アイヌ語??
    崖??

    あまりの思いもよらない答に、しばし絶句であった。

    その方は、どうしてアイヌの言葉がここの地名となったか、詳しい由来は分からないようであった。
    昔から、地元ではそのように伝わっているのである。

    家からほど近いとこに、「赤北方」という地名もある。
    こちらは「アカボッケ」と読む。

    その方が言うには、赤土の崖があったから、そのような地名が付いたのだ。

    それにしても、なぜアイヌの言葉なのか? 疑問はまったく解明されていない。

    このあたりは昭和のある時期、北海道の炭鉱が閉鎖になり、そこで働いてた人たちが多く移住してきたという歴史がる。

    その人たちがアイヌ語を持ち込んだのだろうか?

    そうかもしれないが、わたしにはひとつの仮説がある。

    中山競馬場の近くに(北方十字路の近くに)法華経寺という寺がある。
    日蓮ゆかりの寺で、境内の建物の4つが重要文化財指定である。

    俺が思うに、「ボッケ」という言い方は、法華経寺の「法華=ホッケ」が由来ではないか。

    俺が住んでいる「法典=ホウデン」、本来は「法伝=ホウデン」という地名も、「法を伝える」との意味ではなかったか。

    「ホッケ」「ボッケ」「ホウデン」
    つながりがあるように思うのだが如何だろう

  • 令和五年10月14日

    令和五年10月14日

    近所の公民館で、文化祭が開催されている。あしたはオヤジバンドのリハがあり行けないので、きょうの午前、行ってきた。

    文化祭ではいろいろなプログラムが行われているが、目当ては地元歴史のパネル展示だ。地元の小学校の展示が半分くらいあった。開校150周年だという。明治六年の開校だから、全国的にもかなり早い。展示会場で説明していた年配のかたによれば、船橋では船橋小学校の次にできたのではないかとのことだ。

    人車鉄道というのを、ご存じだろうか。道路に線路を敷いて、小さな客車や貨車を人夫が押して運ぶ鉄道である。会場にかなり精巧な模型が展示されていた。

    葛飾柴又帝釈天近くにある寅さん博物館のようなところには、人車鉄道の実物大の車両模型が展示されているとのことだ。

    それから、年配の男性は、いろいろと興味深い地元歴史の話をしてくれた。

    地名の話は興味が尽きない。ここは「法典」という地域で「ほうでん」と発音する。一方で「法田」という表記が通用している。こちらは「ほうだ」と発音する。

    それでおれは、この表記の揺れについて、その年配性と雑談した。年配の方がいうには、もとは「法伝」と書いて「ほうでん」と言っていた。しかも本当は「ほうてん」と濁らずに発音するのが正しい。

    かねがね「法典」まつわる地名表記の揺れには関心を持っていたが、きょうその男性と話をしていて、疑問が氷解した思いがした。

    「法伝」=仏法を伝える。これならば分かりやすい。そして「法典」となり「法田」と揺れてきた。地名に思いをはせるのは楽しい。