令和五年10月18日

地名の由来は興味が尽きない。

住んでいる近くに「北方」という地名がある。
「ボッケ」と読む。
中央競馬会の中山競馬場のあたりを指す地名だ。
競馬場入口のすぐそばにある交差点は「北方十字路」(ぼっけじゅうじろ)という。
しかし数年前、行政が北方を「キタカタ」と呼ぶことに変えてしまった。
いまは「きたかたじゅうじろ」と呼んでいる。

読み方を変えたのは、知らない人は「ボッケ」と読めないからという理由に違いない。

あるいは「ボッケ」という発音が聞き苦しい、という理由もあったような気がする。

長い間伝わってきた歴史ある言い方を、そのような理由で簡単に変えてしまうのは宜しくない。

わたしは長い間、なぜ「ボッケ」なのか、疑問であった。
先日、地元の年配の人に質問した。その答が意外すぎた。

その方はこう言った。

「アイヌ語の崖という意味です」

アイヌ語??
崖??

あまりの思いもよらない答に、しばし絶句であった。

その方は、どうしてアイヌの言葉がここの地名となったか、詳しい由来は分からないようであった。
昔から、地元ではそのように伝わっているのである。

家からほど近いとこに、「赤北方」という地名もある。
こちらは「アカボッケ」と読む。

その方が言うには、赤土の崖があったから、そのような地名が付いたのだ。

それにしても、なぜアイヌの言葉なのか? 疑問はまったく解明されていない。

このあたりは昭和のある時期、北海道の炭鉱が閉鎖になり、そこで働いてた人たちが多く移住してきたという歴史がる。

その人たちがアイヌ語を持ち込んだのだろうか?

そうかもしれないが、わたしにはひとつの仮説がある。

中山競馬場の近くに(北方十字路の近くに)法華経寺という寺がある。
日蓮ゆかりの寺で、境内の建物の4つが重要文化財指定である。

俺が思うに、「ボッケ」という言い方は、法華経寺の「法華=ホッケ」が由来ではないか。

俺が住んでいる「法典=ホウデン」、本来は「法伝=ホウデン」という地名も、「法を伝える」との意味ではなかったか。

「ホッケ」「ボッケ」「ホウデン」
つながりがあるように思うのだが如何だろう