Category: 日常

  • 令和六年1月3日 The Beatles Anthology

    朝5時に起きた 。

    昨夜は疲れて9時ぐらいに寝た。

    お腹の具合が少しおかしい。

    朝食は、リンゴのデニッシュ、 ブリオッシュ トースト シュガーそれと ピーナッツ最中。

    コーヒーとヨーグルトドリンク。

    軽く食事した。

    ビートルズ アンソロジーを聞いている。

    ビートルズのアルバムはもちろん 素晴らしい。

    リハーサル 音源 や デモ音源は、それ以上の魅力を感じる。

  • 令和五年1月2日 北関東へ帰る

    朝5時に起きた。気温3°c。今日は昨日より寒い。

    去年の暮れ買ったダッフルコートを初めて着た。

    ダッフルコートを買ったのは初めてだった。

    最寄り駅まで歩いた。日差しはなかった。寒かった。

    柏駅で大宮行きの電車に乗り換えた。

    藤の牛島駅に近づくと、北関東ならではの風景が車窓が広がった。

    春日部駅で 館林行きの電車に乗り換えた。

    電車の中は寒かった。

    電車は 利根川を渡った。

    利根川の上流に、山が連なっているのが見えた。

    館林駅に着いた。

    乗り継ぎの時間が30分あった。ホームにある 待合室に入った。

    待合室は暖房で暖かかった。 待合室のベンチに座って時を過ごした。

    ホームに電車が入ってきた 。線路のつなぎ目を車輪が通過する音がよく聞こえた 。

    久しぶりに聞く音だった。

    葛生行き電車に乗り換えた。

    2両編成のワンマン電車であった。

    目的の駅に着いた。無人駅 だ。

    家族ですき焼きを食べた。

  • 令和六年元旦 新たな年が始まった  おせち ギター 

    いつもより遅く起きた。

    外は晴れている。元旦は毎年、天気が良い。

    日差しはあるが、冷たい風が吹いている。

    朝は、おもち、雑煮、栗きんとん、伊達巻、紅白かまぼこ、八つ頭煮物を食べた。

    ☆   ☆

    ホテイとチャーの対談をYouTubeで見た。

    古い番組だ。ふたりとも若い。

    ふたりはギター談義をしていた。

    ☆   ☆

    ヒロユキ君が家に来た。

    家から新宿までの道が混んでいたと言った。

    日本酒おくのかみを持ってきてくれた。

    ✧   ✧

    おばさんがお正月用の煮物をくれた。

    厚揚げ、こんにゃく、れんこん 、人参、 昆布、八ツ頭 、栗きんとんもくれた。

  • 令和五年12月31日 クイーン&アダム・ランバート

    令和五年は、残りわずかの時間となった。

    夜10時ごろ、紅白歌合戦でクイーン&アダム・ランバートの演奏を見た。

    ドント・ストップ・ミー・ナウを演奏した。

    アメリカのどこかの都市からの中継だった。

    ステージのセットは、舞台のようなデザインだった。

    アダム・ランバートは熱唱していた。

    アダムランバートは同性愛者だと思う。

    ブラアン・メイが映った。

    レッドスペシャルを弾いていた。

    ブライアンメイ の弾き姿、立ち姿は様になっていた。

  • 令和五年12月30日 年末年始の食材を買う

    きょうは令和5年12月30日、今年もあと残すところは1日となった。

    年末とお正月の食料を買いに、デパート地下の食品売り場に行った。

    売り場には午前10時少し過ぎに着いた。

    開店間もないのに、すでに多くの人が買い物をしていた。

    お正月に食べるすきやき用の牛肉を1kg ほど、人形町今半で買った。

    牛肉は 山形県産と鹿児島県産を半々にした。

    今夜 食べる 刺身用海老を買った。

    天然本マグロの刺身もサクで買った。

    スモークサーモンも買った。

    スモークサーモンは 、おせち料理と一緒に元旦に食べることにする。

    食品売り場での買い物は終わった。売り場は、私たちが着いてから数十分の間に、お客がさらに増えてきた。午後はもっと混むのであろう。

    スイーツ売り場に移動した。

    親類にあげたり、実家に持っていくお菓子を買った。

    福砂屋でカステラを買った。

    資生堂パーラーでチョコのお菓子を買った。

    デパートを出た。

    家の近くのスーパー、サミットに入った。

    売り場にはスタッフがいつもよりたくさんいた。

    どのスタッフも商品が入ったダンボール箱をバリバリと破いて、商品を棚に補充していた。

    赤ワインと白ワインを1本ずつ買った。

    今日のお昼に食べる弁当を買った。

    中華丼弁当と肉団子と和風 素材が10種類くらい入っている詰め合わせを買った。

    スーパーを出て家まで歩いた。空気は冷たいが、日差しは暖かだった。

  • 令和五年12月27日 お餅を家でついた

    近所の人が家庭用餅つき器をくれた。

    自分たちで餅つき機を使って餅を作ってみた。

    初めて作ったが、おもいのほか、うまくできた。

    つきたての温かい餅を小さく切って、きな粉や あんこをつけて食べた。

    鏡餅を2組 作った。

    木の棒でのして、平らな 餅を作った。

    1回目は薄くなりすぎた。

    2回目はちょうど良い厚さにできた。

    粉をまぶして数時間置いた。

    程よい 硬さになったところで、包丁で切って切り餅にした。

  • 令和五年12月25日 デンタルクリニック

    総武線快速の電車は、定刻通りに馬喰町駅に着いた。

    車輛からホームに降りると、目の前に改札階行きのエレベータがあった。

    エレベータに乗った。あとから男の人がふたり乗り込んできた。

    ホームは地下深いところにあるので、エレベータは長い時間をかけて昇っていく。

    JR秋葉原駅の1階コンコースから総武線各駅のホームに行くエレベータも、高低差が大きい。

    馬喰町駅のエレベータはそれに次ぐ高低差だろうか。

    改札階に着いた。

    目の前はトイレだった。

    トイレに入って用を足した。

    改札を出て地下通路を歩いて、階段を上り地上に出た。

    大通りが走っている。江戸通りというのだろうか。

    大通り沿いにあるビル1階のメガバンクATMで、これから行く歯医者で支払うための現金をおろそうと思った。

    歯医者は支払方法は現金のみである。

    いつもこのATMを利用していた。

    自動ドアを抜けてビルの中に入ると、ATM利用を待つ人が並んでいた。

    ここはいつ来ても誰もいなかったから、驚いた。

    並ぶのは嫌いだ。

    きょう支払う分の現金はまだ財布にあったので、お金をおろすのはやめて、また自動ドアを抜けてビルの外にでた。

    道を歩いていると、年配の男性とすれ違った。

    このあたりの男性は顔の表情、着ている服、歩き方などの身のこなしが、ほかの場所の人とはどことなく違う。

    ひとことで言えば、オーナー経営者っぽいのだ。

    実際、そういう人が多いのかもしれない。

    歯医者が入居しているマンションに着いた。

    エレベータで4階まで上がり、歯医者のドアを開けた。

  • 令和五年12月23日 外の水道が凍る

    寒波が来ている。

    冷え込みが厳しくなった。

    外の水道が凍り、蛇口に小さなつららができた。

  • 令和五年12月22日 初氷

    外の水桶に氷が張った。

  • 令和五年12月19日 東武線を乗り継ぎ佐野へ帰る 

    令和五年12月19日 東武線を乗り継ぎ佐野へ帰る 

    東武線を乗り継いで船橋から栃木県まで行く。
    いまはお昼の12時半。
    天気は曇り。気温 8°c。風はない。
    日が差していないので寒い。
    東武アーバンパーク ラインの柏行き各駅停車60000系車両に乗った。
    車内は空いている。座席は1/4も埋まっていない。
    新鎌ヶ谷駅に着いた。新京成線、北総線成田スカイアクセス線が乗り入れる拠点 駅である。
    駅周辺 はまだまだこれからも 発展するであろう。

    むつみ駅に着いた。かつては ここを 発着とする電車が運行していた。
    今はその運行がなくなり、不要となったホームを取り外す工事を最近終えたばかりである。
    黒いダウンジャケットを着た3人の女子高生が乗ってきた。下はジャージを履いている。
    席に着くとすぐに、3人ともスマホを熱心に いじり始めた。

    高柳駅に着いた。 東武アーバンパーク ラインは 急行が走るようになった。 この 高柳駅は急行の停車駅である
    逆井駅に着いた 車内の座席はほぼ 埋まった。
    新柏駅に着いた 次は終点柏である

    東武アーバンパーク ラインは船橋から大宮まで走っている。
    基本的には 船橋から柏の区間と柏から大宮までの区間の2系統で運行されている 1日に数本船橋から大宮までの直行の急行が運転されている

    柏駅に着いた jr常磐線との乗り換え駅である
    柏駅で大宮行きの電車を待った。
    ホームに入ってきたのは、オレンジと灰色のツートンカラーで塗装された8000系車両であった。
    東武鉄道の博物館に動態存されていた60年前の車両だ。
    かつては この塗装で彩られた車両が各地の東武線を走っていた。
    令和5年の秋から東武アーバンパーク ラインでの運行が始まった。
    車内はできるだけ 60年前のデザインを残している。シートや手すりは60年前のものではないだろうが 車内全体に レトロ感が漂う。
    大宮行きの急行である。柏駅を出ると次の停車駅 流山おおたかの森駅に着いた。
    つくばエクスプレス 銭湯の 乗り換え駅である。駅前には巨大ショッピングモールが建設された。大型マンションも立ち並んでいる街全体が新しい 若い 活気がみなぎっている。

    次の停車駅は運河 だ 。
    車窓の両側には住宅が立ち並ぶ。 新しい家も多い。

    運河駅を出るとすぐに 駅名の由来にもなった 運河を渡る 明治時代 、フランス人技師の指導のもと、流山から利根川までを 掘削して巨大な運河が掘られた 海運全盛時代の遺構である。
    運河のすぐ近くには東京理科大学のキャンパスがある。

    梅郷駅に着いた。
    車内は空いてきた 座席は半分ほど開いている
    窓の外を見ると、薄日がさしてきた

    右手に大きな観覧車が見えた まもなく 野田市駅である キッコーマンの巨大な工場が右手に広がる。
    野田はキッコーマン の企業 城下町である
    野田市駅は ホームが高架となった ホームが増設された。
    退避線も増設された。駅舎や ホームはほぼ出来上がったが、まだ工事は完了していない。
    新たな ホームの共用もまだだ。
    東武アーバンパークライン においての新たな拠点 駅として整備されている。

    愛宕駅に着いた。この駅も新しくなった。

    清水公園駅に着いたホームのすぐそば から 公園が広がっている新しい住宅も立ち始めている56年前までは駅の周り一面は雑草が生い茂る 原野であった。

    まもなく 七光台駅である このあたりは 単線区間である
    七光台駅に着き 停車していると 柏行き電車がホームに入ってきた

    七光台駅で車掌が交換した新しい車掌は車内アナウンスの声が小さい。 何を言っているのか聞き取れない。
    男子高校生の3人組が乗車してきた。冬休みの雰囲気を醸し出した。
    令和5年もあと10日あまりで終わる。

    江戸川を渡った。
    川幅は大きく趣のある川である

    南桜井駅に着いた。線路に平行して走っている道を、学校の授業を終えた小学生たちが集団下校していた。

    次の停車駅は富士の牛島駅である みやびな名前だ。

    線路際に枝々に実がたくさんついた、古い大きな柿の木があった。

    春日部駅に着く 手前で東武伊勢崎線を超えた
    春日部駅に着いた 東武伊勢崎線の駅行きに乗り換えた駅を出て すぐ 右手に大きな車両基地があった

    東武動物公園に着く手前、
    窓から見える家々は古かった。

    車内は空いていた。
    モーター音はほとんど聞こえない。 車内は静かだった。
    線路のつなぎ目を通過する音だけが車内に響いた

    ロングレール が主流となった今、この音を聞くのは久しぶりだった。

    和戸駅を出るとまた 車内は静かになった。

    東北新幹線の巨大なコンクリートの高架が見えてきた まもなく 久喜駅である。接続している
    久喜駅で 館林行きに乗り換えた
    車内の座席はほぼ 埋まっていた。ドアのすぐ横に立った
    電車は 左手に大きくカーブしながらJR 宇都宮線を超えた

    電車は各駅に停まりながら 館林に向かった。
    左右には田んぼが広がった 見える大きな構造物は 送電線だけだ 北関東 ならではの果てしない平野の風景が広がる。
    一番前の車両に乗ったので線路はまっすぐに伸びるが、よくわかった。
    目の前に座っている年配の男性が、新聞の朝刊を広げて読んでいた。

    加須駅を出てようやく座れた。外は日差しがなくなった。車内の暖房は弱い。 少し寒い。
    右を見ても左を見ても 田んぼだ。どの方向を見ても山は見えない。 どこまでも 平野だ。
    利根川の長い鉄橋を渡った。

    田んぼの中にセンター ラインのない細い道路が格子状に作られている。 そこを小さな白い車が何台も走っている。

    川俣駅に着いた。今は改札口もない 方面に大きなショッピングモールができるようだ地盤工事を行っていた。 ショッピングモールと 新たに作る 改札口をつなぐ 長い高架歩道橋が建設中だ。

    館林駅で佐野線の葛生行きに乗り換えた。 佐野線の車両は 2両編成だ。 ワンマンカーである。
    数年前までは 3両編成が1日に何本か走っていた 。今は全て 2両編成である。
    佐野線の発車ベル は 竹内まりやの曲であった。 車内に座っていると 外から マリアの発車ベル がかすかに聞こえてきた。
    黄色い帽子をかぶって ランドセルに黄色いカバーをつけた小さな小学生が、住宅と倉庫の間の道を歩いていた。

    渡良瀬駅を過ぎたところにカルピスの工場に隣接して
    東武鉄道 の解体工場があった。
    解体待ちの多くの車両が並んでいた。
    窓ガラスが外され 解体がかなり進んだ車両が1台あった。

    工場を過ぎると 渡良瀬川の長い鉄橋を渡った。

    佐野駅が近づいた。 急に山が近くなった。
    関東平野がここで終わる。関東平野の北の果てである。
    佐野駅のホームにゆっくりと入った。 ホームには高校生はたくさんいた。 ローカル線は依然として高校生の足である。
    佐野駅を出て電車は右へ大きくカーブした。
    目的の駅に着いた。

    無人駅である。
    発車のブザーがホームに鳴り響いた。
    電車が北へ走り去った。
    私たちだけがホームに残った。
    電車の走る音が聞こえなくなった。
    静かだ。
    空気の音が聞こえてくるようだ。

  • 令和五年12月8日 SNSセミナー

    令和五年12月8日 SNSセミナー

    午後、ネットでSNSセミナーを見た。

    顔出し不要で、ただ見るだけであるから、気軽に参加できた。

    テーマはSNSを使った集客と販促であった。

    GMOの社員が講師であった。

    講師はInstabramを使い認知向上を図り、LINEで販促を行う手法を教えた。

    ひととおり説明を終えると、GMOのサポートサービスを提案した。

    LINEサポートは最低1万5000円/月、Instagramサポートは最低3万円/月であった。

  • 令和五年12月6日 クリニック

    体調は引き続き良くない。

    午前中、かかりつけのクリニックに行った。

    ドクターは体調を整える漢方薬を出してくれた。

  • 令和五年12月5日 体調

    午後から体調を崩した。

    仕事やほかの用事もすべてキャンセルした。

    布団に入り横になった。

  • 令和五年11月14日 国会議員候補予定者

    令和五年11月14日 国会議員候補予定者

    次回の総選挙で立憲民主党から出馬予定の水沼ひでゆき氏が、家に挨拶に来た。

    三十三歳。若い。

    小柄な人だ。

    物腰が低い。

    丁寧な口調だ。

    表情が優しい。

    線が細くて、か弱い印象だ。

    水沼氏は早稲田大学を卒業して損保会社に就職した。

    会社に勤めながら、政治運動に携わっていたのだろう。

    国会議員に立候補することを決めた。

    損保会社を辞めた。

    その後、生活費を得るために、アルバイト的仕事をしているのかもしれない。

    しかし、基本的には無職である。

    そんな道を選んだのだから、芯は強いに違いない。

    水沼氏は玄関先で、俺に自分の政治主張が書いてあるパンフレットを手渡した。

    そのあと、「握手させてください」と言って、俺の右手を両手で包んだ。

    その瞬間、顔を上げて、俺の顔をまっすぐに捉えて、目に力を入れて俺を見た。

    睨んだのではない。

    選挙に勝つ!という気持ちを込めて、俺を見た。

    顔全体の表情を引き締めた。

    それまでとは別人になった。

    俺は、この人が立候補者になろうとしている理由が分かった気がした。