Author: YOMO

  • Treat Everyone With Respect

    Treat everyone with respect.
    I value this in both my work and private life.

  • All Matter and Spirit are The One

    Recognize that all matter and spirit are the one.

    What does this mean?
    It means treating everyone as if they were your own family.
    Recognizing that animals and plants are the same as you.
    In other words, it is a heart of compassion.

    Human beings have a lively “Heart of Compassion” that naturally overflows.

  • 令和6年3月29日 T不動産

    朝から酷い雨と風だ。

    強い風に吹かれた横殴りの雨は、まるで嵐である。

    午前11時、近所のH氏とともに、最寄り駅M駅前にあるT不動産へと、酷い天気のなか出かけた。

    要件は、M氏宅跡地を巡っての話だ。

    M氏は家族で近くの小さな家に移り、もとの家は土地ごとT不動産へ売ってしまった。

    家屋は築数十年たっている古い物件なので取り壊して、いまは更地になっている。

    T不動産はどういう人にこの土地を売るつもりなのか、現状どうなっているのか聞きにいった。

    もちろんT不動産は商売の具体的な進み具合は教えてくれないのだが、こちらはそれは織り込み済みであり、まあ意見交換、情報交換といったところである。

  • 我的鄰居A先生要搬進來了

    我家門前的人去年過世了。
    那人的房子佔地很大,大約有七百平方公尺。
    他們住的房子被拆了。
    那裡將建造四棟房屋。
    目前正在進行地面施工。

    我的鄰居A先生要搬進來了。
    房子最快今年底就能完工,A先生也能搬進來。

  • Mr. A will move in by the end of this year

    The person in front of my house passed away last year.
    The site of that person’s house is large, about 700 square meters.
    The house they lived in was demolished.
    Four homes will be built there.
    Contractors are currently working on the residential land.

    According to the real estate agent, my neighbor Mr. A is moving in.
    At the earliest, the house will be completed and Mr. A will move in by the end of this year.

  • 令和6年3月26日 雨のなかクリニックへ

    朝から続く雨は正午を過ぎてもやみそうになかった。ご主人は窓から顔を出すと、一層激しくなった雨足に、憂鬱そうな表情をつくった。

    ご主人はきょう行きつけのクリニックへ行こうとしている。ちょっと気になるからだの異変があるらしい。

    午後三時近く、ご主人はクリニックに電話して、10分くらいしたらそちらに行きたいが、どれくらい待つのかを聞いた。

    クリニックの受付の女性は「いまは落ち着いています」と返事した。

    混んでいるとか、混んでいないとかではなくて「落ち着いている」とは、なかなかにうまい言い回しである。

    ご主人は電話を終えるとさっそく雨のなか、クリニックへと出かけていき、医師の診察を受けた。簡単な検査もしたらしい。

    特に心配はないということだった。

  • 令和6年3月25日 A氏は引っ越してくるのか

    吾輩は、自由気ままな猫である。

    気ままではあるが、縄張りは一応決まっている。

    このあたりは起伏に富んだ地形で坂道が多い。

    吾輩の縄張りは坂道に面した家5軒と、その先にある梨畑、そして梨畑に面した4軒の家だ。

    ここいらへんは近年住宅が建ったとことで、吾輩が縄張りにしている昔からの家の敷地は豪邸では全然ないが、近年の建売住宅に比べると、庭もそれなりにあり、相当広いと言っていいだろう。

    だから吾輩の縄張りは結構広いのである。

    吾輩はいわゆる野良猫である。野良猫には一般的に主人はいない。然るに吾輩にはご主人と呼べる人物がいる。坂道の一番上にの家に住んでいる人物がそうだ。

    ようやく還暦になったところの男性で、自宅で仕事をしている。

    何の仕事をしているか吾輩にはよく分らぬが、近年いろいろな事業に着手しはじめたらしい。

    日曜日の昼下がり、この日は、先日来の寒さが収まり、日差しはないものの、気温がぬるんだ日であった。

    近所に住むA氏が、ご主人の家の玄関チャイムを鳴らした。

  • 令和6年3月24日 平和祈念展示資料館

    午後の三時、平日の西新宿にある高層ビル街に、通りを歩く人は少なく、歩道には春を感じさせる太陽の光が降り注ぎ、周囲にある高層ビルはどれもくっきりと輪郭を際立出せている。

    これから訪れる場所ーー平和祈念展示資料館がどんなところかなのかを思い、展示内容を楽しみにしていた。

    平和祈念展示資料館は、大東亜戦争にまつわる資料が展示されている場所で、住友ビルの33階にあった。

    資料館の入り口は、オフィスビルの中にあるのだから当然といえば当然だが、ふつうのオフィスの入り口と何ら変わらなかった。

    資料館の隣が、泉レストランサービスとかいう会社のオフィスであり(「泉」という名前がついているところをみると住友系の会社なのだろう思った)、その入り口とほとんど雰囲気が変わらないのが、可笑しいようでもあり自然なようでもあった。

    展示内容は、一言でいうと落胆せざるを得なかった。

    展示されている品々はや戦争当時のもので、パネル説明は細かな事実が書き連ねてあり、知らないことも多く、とても有益であった。

    しかし、展示のどの一角を取り上げてみても「国家」というものを感じさせる空気感はなく、「戦争で多くの人が苦労しました。二度と戦争を起こさないようにしましょう」という、敗戦後、昭和の時代から言い古された、しなびた沢庵のようなフレーズが見え隠れしていた。

  • 令和6年3月23日 S住宅の人

    午前10時、S住宅の営業担当者が我が家の呼び鈴を鳴らした。

    営業担当者はA川という。

    30代後半の身長は175センチくらい、やや肉のついたからだの通勤電車によく乗っていそうな男性だ。

    A川氏は我が家の営業担当者ではなく、我が家の前がいま宅地化工事を行っていて、その物件の営業担当者である。

    我が家の門の両脇には、道に沿って植栽がある。

    ぼけやお茶などの背の低い木が植わっている。

    A川氏は、道路を整備したいので、我が家の植栽を撤去させてくれというものだった。

    A川氏は物腰柔らかな態度でそのことを私たちに伝えた。

    わたしたちにとっても、道路はわたしたちの所有ではなく、これまでの経緯から道路わきに植栽したものであるので、撤去してくれと言われれば、それを断る理由はなかった。

    しかも今回は、S住宅が撤去の費用を持つというである。

    道路に植えられているのであるから、いずれは撤去しなくてはならない植栽である。

    先方が撤去費用を負担してくれるというので、わたしたちは残念な気持ちがあるものの、同意した。

    妻は、門の両脇にあるぼけと葉が赤い背の低い木だけはほかの場所に移したいので、掘り起こしてくれないかと頼んだら、A川氏はしょうがないなという表情を暗に示しながらも、すぐに了解してくれた。

  • 令和6年3月22日 北欧の象徴主義絵画

    丸の内線に乗るのは久しぶりだ。

    車体デザインが一新された。

    赤く丸みを帯びた伝統のデザインを踏襲し、さらに丸みが印象的になっている。

    四ツ谷駅から乗って、西新宿駅まで行った。

    地上へ出たら、そこはきれいな見たことないビルの入り口だった。

    建て替わった東京医科大学病院だった。

    ここからSOMPO美術館まで歩いて3分ほどである。

    ここで北欧の美術展が開かれていた。

    19世紀から20世紀初頭、北欧の画家たちは私たちにインスピレーションの塊のような作品をたくさん残してくれた。

    十数年絵画を見てきて、自分の好きなジャンルがほぼ分かってきた。

    まず現代アートは肌に合わない。

    全部ではないけれど。

    機械とかメカニズムを取り入れた作品は好きだ。

    UJINOとか。

    印象派はここ数か月、急に好きになった。

    これまではまったく関心なかったのに、突然、作品が輝いてきて、不思議で感覚だ。

    一番好きなのは象徴主義の作品である。

    象徴主義というのは、印象派の次に生まれた絵画ムーブメントだ。

    印象派が戸外の風景を、光の変化とともに客観的に描こうとしたのに対して、象徴主義は風景を画家の心理や内面というフィルターを通して描いている。

    わたしに言わせれば、印象派は科学的であり、象徴主義は文芸的なのだ。

  • 令和6年3月20日 S氏オンライン文章レッスン

    春分の日、降り注ぐ日差しはあたたかくなったが、北から吹く風が冷たい。

    朝7時、ZOOMによるS氏のオンライン文章レッスンを始めた。

    30分ほど行い、次回は金曜日朝6時から行うことを決めた。

    レッスン後、S氏からメッセージが届き、「さきほどは有り難い指摘をありがとうございました」と書いかれていた。

    きょうの指導のやり方がS氏にあっていたようだ。

  • 令和6年3月18日 批評で自己を語る

    文芸評論家の佐古純一郎先生は、ご自身の著書「文学をどう読むか」の中でこう書かれている。

    批評という表現形式のなかで自己を語ることのよろこびを感じている。

    こうも書かれている。

    批評は私自身が誰からも強制されることなしに選んだ表現形式である。

    表現形式はいろいろある。

    音楽、絵画、小説などなど。

    音楽にも絵画にも、そのなかでいろいろな形式がまた存在している。

    こんなにもたくさん表現形式があるなか佐古先生は、誰からも強制されたものではない批評という表現形式で自己を語り、そのことに喜びを見出していた。

    佐古先生に大学でお会いして40年たったいま、わたしは改めてこのことに気づいた。

    湧き上がるようなものではないけれど、確かな確固として感動を覚えた。

    わたしも、誰からも強制されない自分だけの表現形式で自己を語っていいのだ。

    わたしはこれまで一体誰に何を遠慮していたのだろう。

  • 令和6年3月15日 上野で展覧会を見た

    昨日3月14日、日差しはだいぶ春めいてきたけれど、空気は思いのほか冷たく、外出には冬のコートが必要な日であった。

    午前11時ごろ家を出て、JR総武線に乗って上野公園に向かった。

    上野駅の公園口を出ると、花見の時期にはまだ早く、平日だというのに、たくさんの人がいて驚いた。

    外国人の旅行客の姿が、ここひと月ほどで急に増えた。

    東京国立博物館に入り、本館で開かれている中尊寺展を見ようと思ったが、会場に入る人の列が、玄関の車寄せに並んでいるのを見て、先に東洋館に入って、中国仏像と、清時代の書家、呉しょう石の展覧会を見ることにした。

    中国仏像は1階に展示されていた。6、7世紀、西魏、東魏、隋時代のものが多かった。

    そのあと、大きな窓があり、館内が見えるエレベータで4階に昇り、呉しょうせきの作品を見た。

    東洋館を出て、中尊寺展に入るための列はどうなっているのか、本館玄関前を見たら、まだ30分まちの列ができていた。

    わたしたちは博物館内にある法隆寺宝物館に向かった。

    もう一度、正門の横を通り抜けて、東京藝術大学のほうに向かって歩くと、博物館の奥まった敷地に法隆寺宝物館が建っていた。

    奈良にある法隆寺のお宝が東京で見られるとは、なんと幸せなことかと俺はいつも思っている。

    宝物館では観音菩薩立像を主に見た。

    数十体見たが、どれも飛鳥時代のものであり、すべて重要文化財であった。

    一体一体表情やしぐさが違う。

    1300年前の仏像なのに輝くばかりに綺麗だ。

    観音菩薩を見終わり、宝物館のなかに設置されているレストランで遅い昼食をとることにした。

    ホテルオークラが出店しているカフェレストランだった。内装や調度品は簡素でカジュアルな店だ。

    メニューをみるとカフェ中心のようで、食事メニューは限られていた。

    わたしはハッシュドビーフ、妻はエビピラフを注文した。

    食事が終わり、テーブルでスマホから中尊寺展の込み具合を確認すると、待ち時間はなくなっていた。

    わたしたちはレストランの会計を済ませて、中尊寺展の会場へと向かった。

  • 令和6年3月14日 オンライン文章教室S氏

    朝5時ごろ、LINEを確認すると、S氏から文章教室の料金を支払ったとの連絡が来ていた。

    パソコンのメールを確認すると、先日S氏に出した宿題が「遅くなってすみません」という文言とともに届いていた。

    宿題をプリントアウトして目を通した。

    宿題はふたつ出した。

    ひとつは大分文章がまとまってきて、わたしも気分を良くしたが、もうひととつは依然として文章のストーリーが混乱していて、S氏の場合、文章の書き方云々ではなく、文章に取り組む根本のところでアドバイスしないと上達しないと感じた。

    6時からオンラインでレッスンした。

  • 令和6年3月12日 船橋駅前蕎麦屋 車や

    朝から雨が降った。

    お昼を少し回ったころ、船橋駅前にある蕎麦屋で天麩羅そばを食べた。

    店構えは普通の蕎麦屋、という言い方もおかしいが、店の人がテーブルまで注文を取りに来る蕎麦屋のようだが、入り口を入るとすぐに、券売機が置かれていて、駅の中にあるスタイルの蕎麦屋であった。

    天麩羅そばのボタンを押してスイカで払おうとしたら、スイカは使えないので、仕方なくカバンの中から財布を取り出して、代金の500円を機械に入れた。

    機械から出てきた券を握りしめて、店の一番奥にあるカンターに持って行った。

    カウンターには小柄な女性がいた。

    出来上がったそばを持ってテーブルに戻って食べ始めた。

    お客が混んできた。

    カウンターのほうから、「あたたかい、つめたい」と客に話す先ほどの女性の声が聞こえた。

    そばを食べ終わり、外へ出た。雨はまだ降っていた。

    近くの京成船橋駅から快速に乗り、京成八幡駅に向かった。

    駅に着くと、歩いて数分の場所に、葛飾八幡宮があった。